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2016-09-14

毎日新聞社に取材いただきました2016.9.8

9月7日より、毎日新聞にて「がん大国白書 第3部 AYA世代の試練」の連載がはじまっています。

がんになった10代後半~30代のAYA世代と呼ばれる世代は

就学、就労、結婚、出産などの人生のターニングポイントとなる時期と重なり

直面する複雑な問題が生じます。

一日のスタート

今回、私は、取材協力および就労支援にあたった患者さんを紹介させていただきました。

9月8日の記事には、キャリアカウンセラー視点でのコメントが掲載されました。

 

よかったら、ご一読ください。

「がん大国白書
第3部 AYA世代の試練/2 1日1食、貯金913円」

毎日新聞社 2016年9月8日朝刊より以下抜粋

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東京都内に住む団体職員、岸田徹さん(29)は、IT企業で働いていた2012年、25歳でがんと診断された。精子や卵子のもとの未成熟な細胞が悪性化した「胚細胞腫瘍」。10万人に1人程度と少ないため発見が遅れ、即、入院となった。

 入社して2年目。医療保険にも入っておらず、親の援助と自分の預貯金を取り崩して治療した。14年春、仕事に復帰したが、会社の配慮で営業職から内勤へ異動になり、有給休暇は休職中に使い果たして月1回の通院日は「欠勤扱い」となり、収入が減った。画像検査で通院すると1回4万円程度かかった。検査が近付くと、2週間前から1日1食の生活に切り替えて費用を捻出した。「健康的な食事をしなければと思ったが、お金がないというジレンマがあった」と振り返る。通帳に913円しかない時もあった。

 「休んだ分、会社に貢献したい」と必死で働いた結果、体調を崩して退職することに。その後、非常勤で働くが、収入は大幅に減った。岸田さんは「一度仕事を辞めると体力的な事情もあって非正規で働くケースが多く、収入も減る。蓄えもないが、検査や治療費でお金はかかる。僕のような1日1食生活は、大げさかもしれないが(10代半ば〜30代の)AYA世代(※)患者のリアルだと思う」と話す。

 胃がんが卵巣に転移した川崎市の女性(43)は治療で欠勤が多くなり、15年勤めた会社に契約の継続を拒まれた。「独身で支えてくれる人はいないが、父は亡くなり、母も最近がんになるなど、実家も頼れない」と語る。今は公的保険から支給される傷病手当金で生活する。小児がんには医療費助成の制度があるが、それも19歳まで。がん患者が障害者認定を受けられる例も少ない。さらに、AYA世代はあまり医療保険に入っていない。

 親族の支援で救われたケースもある。団体職員の小池善(ぜん)さん(29)は、東京で1人暮らしをしていた11年に大腸がんが分かった。高額な抗がん剤の費用のほか、検査代や別の医師の意見を聞くセカンドオピニオンの費用などもかかった。当時は嘱託職員として就職して2年で、貯金は20万円ほど。「治療を続けられないのではないか」と、不安がよぎった。

 結局、伯母から経済援助を受けられることになり、小池さんは治療に専念できた。職場も体力に合わせて徐々に働く時間を増やすなど配慮してくれた。小池さんは「私は親族や職場に恵まれたが、仕事の継続を保障し、治療費を借りられるなどの支援が必要だ」と訴える。

 一方、29歳で悪性リンパ腫、39歳で乳がんと2度のがんを経験し、現在はキャリアコンサルタントとしてがん患者らの就労や人生設計の支援に取り組む砂川未夏さん(42)は、若い世代のがん患者と話す際、「自信が持てず、『普通の幸せ』を失った感覚になっている」と感じる。社会人としての成功体験がない上に病気が加わる。その結果、「元のように働けず迷惑をかけるから」と問題を一人で抱えてしまい、自ら仕事を辞めて、経済的に厳しい環境に追い込まれる人もいる。砂川さんは「自分らしい幸せは必ずある。簡単にあきらめなければ、がんの経験は糧となり、将来成長した自分と出会えるはずだ」と話す。=つづく

 ※AYA=Adolescent and Young Adult(思春期・若年成人)

 

 

 

 

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